大阪市の区と町名一覧
大阪市都島区15町・街区760都島区は、明治22年に5つの村を合わせて生まれた都島村の名を受け継ぎ、昭和18年4月1日の22区制実施により、北区と旭区の一部から誕生しました。北を淀川、南を寝屋川に接する平坦な土地で、京街道の起点に近い京橋は、JR・京阪・Osaka Metroの各線が連絡する大阪東部の玄関口として知られています。
大阪市福島区7町・街区651福島区は、昭和18年4月1日、旧西淀川区の海老江・鷺洲と旧此花区の福島・野田地区に北区の一部が加わって誕生しました。北は新淀川、南は堂島川・安治川に面し、区内に九つの駅があります。古くから藤の名所として知られた野田にちなみ、「のだふじ」が区の花に定められています。
大阪市此花区17町・街区660此花区は、大正14年の第2次市域拡張で北区と西区の一部から生まれ、昭和18年に福島・西野田の地域を福島区へ分け、西淀川区の伝法・高見を編入して現在の区域になりました。区名は古歌「難波津に咲くやこの花」に由来します。臨海工業地帯として発展し、西部にはユニバーサル・スタジオ・ジャパンや埋立地の舞洲・夢洲があります。
大阪市西区18町・街区989西区は、明治22年の市制・町村制施行で大阪市西区となり、大正14年に一部を新設の港区へ分け、昭和18年の行政区画の変更で現在の区域が確定しました。区の中央を流れる木津川の東側は事務所ビルや店舗が並ぶ商業地域、西側には九条商店街や京セラドーム大阪があり、靱公園は区内最大の公園です。
大阪市港区16町・街区712港区は、大正14年に西区・北区から分離して誕生しました。安治川と尻無川にはさまれた河口の三角州で、江戸時代の安治川開削と新田開発を経て、明治30年に始まった築港工事により大阪の海の玄関口として発展しました。現在は天保山に海遊館などの集客施設が集まり、JRと地下鉄が交差する弁天町駅が交通の要衝となっています。
大阪市大正区12町・街区866大正区は、明治30年に市域へ編入されたのち西区・港区に属し、昭和7年10月1日に発足しました。区名は区の北端にある大正橋にちなみます。木津川・尻無川・岩崎運河に三方を囲まれ、紡績工場や造船所が並ぶ工業地域として発展しました。市内8か所の渡船のうち7か所が区内で運航されています。
大阪市天王寺区45町・街区833天王寺区は、大正14年の大阪市第2次市域拡張にあわせ、東区・南区の一部から誕生しました。上町台地の上にあり、聖徳太子が593年に創建した四天王寺をはじめ約200の社寺があります。天王寺公園や美術館・動物園などの文化施設があり、JRや地下鉄、私鉄が集まる天王寺ターミナルの周辺には、百貨店や商店街、地下街があります。
大阪市浪速区23町・街区668浪速区は、大正14年4月に南区から分区して創設され、昭和18年の区界の調整で現在の区域となりました。区名は古歌「浪速津に咲くやこの花」から名づけられています。大阪市で最も狭い区で、通天閣のある新世界、でんでんタウン、大阪木津卸売市場、十日戎で知られる今宮戎神社などがあります。
大阪市西淀川区17町・街区944西淀川区は、大正14年4月1日に西成郡の一部から誕生しました。淀川などが運んだ土砂の洲が島となった土地で、歌島・姫島・御幣島など「島」のつく町名が多く残ります。近代には紡績・機械・鉄鋼などの工場が集まる工業地帯となり、阪神本線やJR神戸線、JR東西線が通っています。
大阪市東淀川区19町・街区1,685東淀川区は、大正14年4月の第2次市域拡張で西成郡の町村が大阪市に編入されて誕生し、昭和18年に大淀区、昭和49年に淀川区を分けて現在の区域になりました。淀川・神崎川・安威川が流れ、東中島や柴島など「島」のつく地名が残ります。平成31年にはJRおおさか東線の淡路駅が開業しました。
大阪市東成区12町・街区991東成区は、大正14年に旧東成郡の大半が大阪市に編入されて生まれ、当初は現在の旭区・都島区・城東区・鶴見区・生野区を含む広い区でした。昭和7年に旭区、昭和18年に生野区と城東区が分かれて現在の形になりました。区のほぼ中心の今里交差点に区役所などが集まり、区内東部にはものづくり企業が多くあります。
大阪市生野区20町・街区1,797生野区は、昭和18年4月1日、旧東成郡の鶴橋村・生野村・小路村の区域が東成区から分かれて創設され、昭和30年に中河内郡巽町を編入しました。区名は聖徳太子ゆかりの「生野長者」にちなみます。区役所の東側には、大坂冬の陣で徳川秀忠が布陣したといわれる御勝山古墳があります。
大阪市旭区11町・街区935旭区は、大正14年に東成区として大阪市に編入された区域のうち北半分が、昭和7年10月1日に分かれて誕生し、昭和18年の区の再編成で現在の区域になりました。森小路遺跡が示すように弥生時代から集落があり、淀川の水運と京街道が通る交通の要衝でした。区内には千林商店街や、菖蒲園のある城北公園があります。
大阪市城東区20町・街区1,336城東区は、昭和18年4月、22区制の実施にともない東成区の北部と旭区の南部を併せて誕生しました。大阪城の東にあり、寝屋川・第二寝屋川・城北川・平野川などが流れる低く平坦な土地です。明治以降は陸軍砲兵工廠や紡績工場が置かれ工業地帯となりましたが、近年は工場の跡地に高層住宅や大規模小売店が建つ住宅地へと変わっています。
大阪市阿倍野区25町・街区1,210阿倍野区は、昭和18年4月1日、住吉区が阿倍野区・住吉区・東住吉区に分かれて発足しました。上町台地の南の高台にあり、熊野街道沿いの九十九王子のうち、阿倍王子がいまも神社として祀られています。あべの橋・天王寺駅周辺は交通機関が集まる大阪の南の玄関口で、区域全体は住宅地として発展してきました。
大阪市住吉区29町・街区1,576住吉区は、大正14年4月1日に東成郡の一部をもって成立し、昭和18年に阿倍野区・東住吉区などへ、昭和49年に住之江区へ区域の一部を分けました。区内の住吉大社は航海の神などとして古くから崇敬され、本殿4棟が国宝に指定されています。帝塚山古墳や紀州街道など、古い歴史を伝える史跡が残ります。
大阪市東住吉区19町・街区1,979東住吉区は、昭和18年4月1日に住吉区・東成区の一部をもって成立し、昭和30年に中河内郡の加美・長吉・瓜破・矢田の4村を編入、昭和49年に平野区を分けました。大阪市の南部にあり、南は大和川を挟んで松原市に接します。区域の大部分は住宅地域で、JR阪和線・近鉄南大阪線・地下鉄谷町線の駅周辺が商業地域となっています。
大阪市西成区32町・街区1,296西成区は、大正14年4月1日に西成郡の一部をもって成立しました。上町台地の西側から木津川までの間にあり、Osaka Metro・JR・南海・阪堺電気軌道の各線が通る住宅地です。大阪市顕彰史跡の天下茶屋跡などの旧跡があり、長い歴史をもつものづくり企業も立地しています。
大阪市淀川区23町・街区1,596淀川区は、大正14年の第2次市域拡張で東淀川区として市域に入った地域が、昭和49年7月の行政区画の再編で東淀川区から分かれて誕生しました。昭和39年に新幹線の新大阪駅が開業し、地下鉄御堂筋線の延伸や区画整理を経て、高層ビルの並ぶ地域へと変わりました。江戸時代の加島には幕府の銭座が置かれていました。
大阪市鶴見区15町・街区848鶴見区は、昭和49年7月22日の行政区の再編で城東区から分区して誕生しました。区名は、区内に府下最大の鶴見緑地があることから名づけられました。大阪市の最東端にあり、寝屋川や古川などの河川・水路が流れ、北部には花博記念公園鶴見緑地、南部には放出駅を中心に発展した住宅と商店の混在する地域があります。
大阪市住之江区24町・街区1,062住之江区は、昭和49年に住吉区の分区により誕生しました。区の大半は、大和川の付け替えや加賀屋甚兵衛による新田開発などによって西へ広がってできた陸地です。北は木津川、南は大和川、西は大阪湾に接する大阪市で最も広い区で、昭和52年には南港ポートタウンがまちびらきしました。
大阪市平野区32町・街区1,752平野区は、昭和49年7月に東住吉区から分区して発足しました。区域は「平野」「喜連」「長吉」「瓜破」「加美」の五つの圏域からなり、それぞれに古代からの歴史があります。近世には河内木綿の集散・加工地として栄え、区の花には「わたの花」が選ばれています。区内南部を大和川が流れます。
大阪市北区54町・街区1,578北区は、明治12年に発足した旧北区と、昭和18年に東淀川区から分かれた旧大淀区が、平成元年2月13日に合区して生まれました。淀川・大川・土佐堀川に三方を囲まれ、JR大阪駅周辺には鉄道各線のターミナルと超高層ビルが集まり、中之島には大阪市中央公会堂や市役所があります。
大阪市中央区71町・街区1,689中央区は、平成元年2月、旧東区と旧南区の合区により誕生しました。難波宮から近世の大坂城築城を経た長い歴史をもち、証券・薬・卸商などの経済活動が盛んで、商店街や百貨店、飲食店街がにぎわいます。大阪城公園を中心とした地域は、緑の多い市民の憩いの場となっています。
町は、落札できる街区のある町名を選んでいます(行政上の町の数とは一致しないことがあります)。出典:令和2年国勢調査、国土数値情報、Geolonia 住所データを加工。