心斎橋筋はどんな街?
町名の由来
町名にある「心斎橋」は、長堀川に架かっていた橋の名です。大阪市建設局によると、元和8年(1622年)ころ、美濃屋岡田心斉が中心となって架けたことから心斎橋と名づけられました。心斉は長堀川を開いて物流を盛んにした人物の一人とされています。住所としての心斎橋筋は、心斎橋筋一丁目と二丁目です。[1][2]
心斎橋の歴史
江戸時代の心斎橋は長さ約35.5メートルの木橋で、橋筋の人々が維持管理する「町橋」でした。明治6年(1873年)にドイツから輸入した鉄製の弓形トラス橋に、明治42年(1909年)に石造2連のアーチ橋に架け替えられました。長堀川の埋め立てで橋は撤去されましたが、石橋の一部と高欄、ガス灯が復元されています。鉄の橋は鶴見緑地に移され、「緑地西橋」として残っています。[1][3]
いまの心斎橋筋
心斎橋筋商店街は、長堀通の南側から宗右衛門町通まで、南北に約580メートル続く商店街です。大阪観光局の紹介では、江戸時代は書籍店や古書店、呉服屋などが中心で、明治には舶来品を扱う店や時計店が増え、大正・昭和には呉服屋が百貨店に変わったとされています。現在は大丸心斎橋店を含め約180の店が並び、Osaka Metro心斎橋駅から歩いてすぐの場所にあります。[4]
イラストは町の雰囲気を描いたもので、実在の建物・場所を正確に表したものではありません。価格は地価に連動した相対的な順位で、資産価値を示しません。換金はできません。