大名はどんな街?
町名の由来
大名は、天神と赤坂のあいだにある町です。福岡市の文化財案内では、天神から赤坂にかけてと、その間の大名のエリアは福岡城の東側にあたり、その名のとおり大名屋敷が建ち並んでいたと説明されています。福岡城は、徳川幕府の成立とあわせて黒田長政が築いた城で、このあたりは廃藩置県までのおよそ270年間、福岡藩の城下町として発展しました。[1][2]
大名の歴史
旧大名校区は、江戸時代には那珂川をはさんで商人の町博多と接する城下町でした。大名屋敷の面影は都市化でほとんど失われましたが、石垣や寺社、古い地名が往時をしのばせると紹介されています。中央区は平成20(2008)年から、地域住民とのワークショップを通じて都心部の通りに名前を付けました。大名地区では、紺屋町・養巴町・雁林町・林毛町といった、かつて呼ばれていた地名にちなむ通り名が付けられています。[3][1][4]
いまの大名
大名二丁目には中央区役所があります。旧大名小学校の跡地では、地域活動や災害時の避難場所としての役割を保ちながら都心部の機能を高める事業が進められ、令和元(2019)年7月に建設工事が始まり、令和5(2023)年6月にグランドオープンしました。天神と大名の一帯には市役所や金融機関、企業の支店が集まり、地域では祭りや防犯活動を通じた住民のつながりづくりが続けられています。[2][5][3]
イラストは町の雰囲気を描いたもので、実在の建物・場所を正確に表したものではありません。価格は地価に連動した相対的な順位で、資産価値を示しません。換金はできません。